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夢と希望は眠りんぼう!
私の好きな’愛の讃歌’訳詞3編
早く会いに来て!愛の讃歌
愛の讃歌の歌い方の違い

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夢と希望は眠りんぼう!

 あなたの夢は眠っていませんか?
あなたの希望は眠っていませんか?

 夢と希望は眠りたがりやさんです。
放っておくとすぐ眠ってしまいます。

 人は30歳を過ぎると世の中がわかった気になって、
「現実に生きるんだ!」といい気になって、夢と希望を捨ててしまいます。

夢と希望は仕方なく眠りに入ります。

 人は40歳を過ぎると惑うといいます。夢はどうなったかな?希望はもてるのかな?と思いだしては見るものの、すぐに忘れます。

夢と希望は寂しく眠りに入ります。

 人は50歳を過ぎると悟った気になって、
「もっと大人になりなさい」と夢と希望を否定してしまいます。

夢と希望は苦笑いしながら、また眠りに入ります。

 人は60歳を過ぎると世の中のことは全てわかった気になって、
「夢と希望を語るには遅すぎる」と遠ざけてしまいます。

 夢と希望は悲しそうに言います。
「でも僕はそばにいるよ。いつでも起こしてね。待ってるね」と、我慢強く言って、また眠りに入ります。

青春の頃は、生きる勇気を、夢と希望に見い出したものです。

米国の詩人サミュエル・ウルマンは言いました。

青春とはある期間を言うのではなく、その人の心の様相を言うのだ

私の好きな’愛の讃歌’訳詞3編

1、岩谷時子訳詞

あなたの燃える手で あたしを抱きしめて
ただ二人だけで 生きていたいの
ただ命の限り あなたを愛したい
命の限りに あなたを愛するの

ほほとほほ寄せ 燃える口づけ 交わす喜び
あなたと二人で 暮らせるものなら 何にもいらない
何にもいらない あなたと二人生きていくのよ
あたしの願いは ただそれだけよ あなたと二人

固く抱きあい 燃える指に髪を
からませながら 愛しみながら
口づけを交わすの 愛こそ燃える日よ
あたしを燃やす日 心溶かす恋よ


2、中原淳一訳詞

命のある限り おまえを抱きしめて
この世のはてまで おまえとならば
私のこの命 悔いなく捧げよう
固き心の 愛の誓い持ちて

おまえの命 私の命 それはひとつさ
おまえの心 私の心 それも同じさ
みんな同じ おまえと私 地の果てまでも
海の果てまで 空の果てまで ともに愛さん

命のある限り おまえを抱きしめて
この世のはてまで おまえとならば
私のこの命 悔いなく捧げよう
固き心の 愛の誓い持ちて


3、永田文夫訳詞

空がくずれ落ちて 大地がこわれても
恐れはしないわ どんなことでも
愛が続く限り かたく抱きしめてね
何もいらないわ あなたのほかには

世界のはてまで
私は行くわ おのぞみならば

早く会いに来て!愛の讃歌

 ピアフのニューヨーク公演中、フランスにいる恋人のマルセル・セルダンから電話が入った。

「僕の試合がニューヨークで行われることになった。君に会いに行く」

 マルセルは、ボクシング元世界ミドル級チャンピオンであった。前年にタイトルを奪われての再戦である。

 うれしさのあまりピアフは

「早く会いに来て!お願い」

 と心を震わせて言った。同じ想いのマルセルは船を飛行機に変更した。

 ところが、その飛行機は墜落。マルセルは帰らぬ人となる。

 愛の讃歌は新曲で、ピアフがマルセルへの愛を作詞した曲であった。そしてその歌は、マルセルの前で歌う予定であった。

 ニューヨーク公演の関係者は、ピアフに愛の讃歌は歌わないで下さいとお願いする。

 ピアフは皆んなの反対を押し切り、命を込めて愛の讃歌を歌った。

 その時の、ピアフの気持ちはとうてい言葉では表せない。

愛の讃歌の歌い方の違い

 愛の讃歌ほど世代とジャンルを越えて親しまれている曲は少ないのではないでしょうか。何の解説も解釈もいらない曲です。

 ストリングスを中心とするオーケストラ演奏はもとより、ピアノやヴァイオリンのソロ演奏でも、甘美で優しいメロディーに身も心も暖かい温もりに包まれていきます。

 ところが、作詞したピアフの歌になると、一変します。絶叫に近いと言えるほどの歌い方です。

 愛を訴えると言った方がいいでしょうか。愛する人への気持ちがストレートに伝わってきます。

一方で、越路吹雪が歌う岩谷時子訳詞は、人を愛する想いと愛しさが、聴く者にクレッシェンド的に伝わっていきます。

 決して絶叫調にはなりません。じわりじわりと、心に温かくいっぱいに満ちていきます。訳詞で曲相が大きく変わるのです。

 永田文夫を筆頭とする直訳に近い訳詞でも、ピアフほどの絶叫調で歌う人は少ないようです。

 しかし、同傾向で歌う人は少なくありません。興味深いのは、その傾向で歌ってきた人たちが、後年になると岩谷時子の訳詞で歌うようになるのです。

 代表が岸洋子です。最初は永田文夫の訳詞で歌っていました。後年は岩谷時子の訳詞で歌うようになります。