-
        護り屋異聞記 5.


 大蔵屋善兵衛は、辺見が直々に来たたことに安心した。しかし、襲われるわけは話さなかった。話す必要もなかった。

 訪問先は御家人屋敷である。名を戸山兵部と言った。昨年秋、他の札差に差し替えをされた。

 江戸の武士は俸禄は変わらないのに、年々物価がどんどん上がる。毎年生活が苦しくなっていた。

 御家人はもちろん旗本さえも、2年先までの札の差し替えは当たり前になっていた。簡単に言えば前借である。

 戸山は姑息であった。一時の融通の為の差し替えだ。来月には元に戻すと言う。延びて延びて今月が3か月目だ。

 善兵衛は札を貰っていない。そうなると口約束だけで証拠がない。三度目の訪問も来月と又延ばされた。

 屋敷を出て来た善兵衛は苦渋の顔をしていた。無言のまま先を歩いた。
 
 戸山の屋敷を出て暫く歩くと橋になった。橋を渡ると善兵衛は護り人がいるので安心して、近道の畦道を歩いた。

 三日月の薄明かりの中、遠目に人が立っているのがわかる。善兵衛は立ち止まって振り返った。20間程先である。
(20間=36m)

「先生、誰か立っております」

「太吉、善兵衛殿と参れ」

 小声で言うと辺見は善兵衛の前に出て歩き始めた。善兵衛は太吉の後ろに怯えながら続いた。

 10間程に近づくと、その者はすらりと刀を抜いた。夜目ににぶく光った。

 善兵衛を見定めた瞬間、上段に構えそのまま突進して来た。3対1である。それをものともせず切り込んで来た。

 相手の技量を確かめもせず切り込んでくるとは、余程の手練れであろう。辺見と太吉に刀を抜く隙を与えなかった。

 それは誤算だった。切り込んだ刀は撥ね上げられていた。辺見はいつ抜いたか、驚くべき速さの太刀捌きであった。

 男は慄然とした。切り下したはずが撥ね上げられていた。男は二の太刀を恐れ構え直した。太吉はやっと刀を抜いた。

 男は下段に構え平然と立っている辺見を見て畏怖した。技量の差は何枚も上だと悟った。くるりと反転するや逃げた。

 以後、善兵衛は襲われることは無かった。戸山兵部は手の平を返すように低姿勢になった。そして、大蔵屋に戻った。

 太吉は、辺見の剣の凄さと奥深さを改めて知った。この日から、太吉は人が変わったように修行に打ち込んだ。


 辺見が帰り着いたのは、夜4つ半(23時)を過ぎていた。今夜は護り人として出かけて行った。

 辺見自身が出ると言うことは、通常の護り人では務まらないと言うことである。当然、命の危険が伴う。

 お雪は辺見の顔を見て安堵した。込みあがる涙を胸に押さえて、

「お帰りなさいませ。お食事になさいますか?」

 明るい声で言ったつもりが、声は震えていた。

「食事は大蔵屋で馳走になって来た。風呂に行って来る」

 4半刻程で帰って来た。

「二人は眠っているか?」

「はい、とっくに眠っております」

「そうか、今日は一緒に寝よう」

「はい」

 お雪は嬉しそうに返事をした。身体がきゅっと熱くなってきた。することも無いのに、いそいそと動き始めた。
次回は11月17日火曜日朝10時に掲載します