誤解
「お腹空いたでしょう?」
「うん、ペコペコだ」
「用意してあるの。すぐ出すわね。今日は鯵の煮つけよ」
「おっ、良いな!煮魚は久しぶりだな。そうか玄関を入ると良い匂いがすると思っていたが、これだったか」
「手を良く洗って来てね。口もすすいでね」
「わかってるよ。ブザー押す前に身体中ちゃんとはたいて来たよ」
テーブルに座ろうとすると、
「ちょっと待って!窓を開けて下さる」
「なんだか俺、子供扱いされてるみたいだな」
「普通のことです。コロナは怖いんですよ。赤ちゃんにもしものことがあったら大変ですよ」
「そうだな。気を付けよう。そうだ!さっきの電話はお母さんに子供のこと知らせたのか」
「毎日一人で家にいると色んなこと考えるの。私、訳あって12年前から家に帰ってないの。私からは電話もしたこと無いの。母からは心配して電話来るけど」
「そうか、会わそうとしないから何かあると思ってはいたが、話せない何かがあるんだな。話したくないことは話さなくて良いよ」
「ううん、話すわ。聞いてね。12年前、結婚を約束した人がいたの。その人と父母に会いに行ったの。父はどうしても承諾してくれなかったの」
加奈子は自分でもおかしいくらい、明るく話せた。当時のせつなくつらい気持ちは少しもなかった。まるで人ごとの話のようだった。
「嫌な話を聞かせてごめんなさい」
「加奈子、札幌のご両親に会いに行こう。明日は土曜日で会社は休みだ」
「えっ、突然何を言うんですか。札幌ですよ。本気ですか?」
「今なら、妊娠初期だから飛行機も大丈夫だ。今すぐご両親に電話しなさい。明日お伺いすると」
「でも・・・」
「すぐ電話しなさい。僕の両親にもなる人だ。お会いしたい。会って色々お話がしたい。早く電話しなさい!」
加奈子はためらったが、樋口の口調と真剣な眼差しにスマホを手にした。
「あっ、お母さん。わたし、加奈子。急だけど明日帰る」
「加奈ちゃんどうしたの?何かあったの?待って、お父さんが変わりたいって」
「いいの、変わらなくって良いから・・・」
「加奈子、私だ。何かあったのか?」
「・・・・・」
加奈子は懐かしい父の声に、胸が詰まって言葉が出てこなかった。
つづく
続きは2月19日金曜日朝10時に掲載します