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         マスク美人 7.
 
 まつやの前まで来ると7人並んでいた。後ろに続いた。

「並んでるんですね」

「うん、少ない方だよ。ラッキーな日かも知れない。やぶも並ばなくて良かったしね」

「古いお店ですね。昔のままの木造2階建て。2階から団扇を持った浴衣の女性が顔を出して来そうです」

「はは、そんな感じだね。ひょっとすると黒田清輝の絵?」

「えっ、わかりました?」

「そりゃわかるさ。浴衣の女性に団扇と言えば黒田清輝だよ。題は忘れたが絵は頭に沁みついている」

「湖畔です。2階の窓のところに、団扇を手にそのまま座っているような気がします」

「そうか、湖畔だった。詳しいね。絵画好きみたいだね」

 山本の口ぶりは気取りがなくなり、いつの間にかタメ口になっていた。

 案内された席は相席だった。6人掛けで二人の先客が一人置いて座っていた。先客に会釈をして二人は座った。

 もり蕎麦を注文した。先客は蕎麦湯を飲みながら会話している。ほどなくしてもり蕎麦が来た。

「ほら、量があるだろう。もっともふつうの店と同じだけどね。やぶが少ないんだよね。さ、食べよう!」

「おそばって味ですね」

「面白いこと言うね。でもそうなんだな。そばって言う味か・・。言いえて妙だな」

「あたし、おつゆもこの味好きです」

「少し濃い味だからね。通は蕎麦の先に少しだけつゆを付けて食べたらしい濃いのはその伝統だろうね」

「知ってます。死ぬ前に一度で良いから、どっぷりつけて食べたかったと言う話がありますよね」

 山本は森山が何でも詳しいので次に何を話そうかと悩んだ。

 相席の男同士の客が蕎麦の話をするたびに、ちらりとこちらを見る。益々話し難い。

「珈琲飲みに行きましょう」

 支払いを済ませ外に出た。

「お幾らでしょうか?」

「良いんですよ。僕が誘ったのだから」

「いえ、私がお願いしたのです。先程ご馳走になりましたので、今度は私の番です」

「そうですか、ではこれから行くカフェはお願いします」

「それでは・・・」

「じゃ、それでお願いします。行きましょう」

 100mも歩かないところにチェーンのカフェがあり、そこに入った。

「お腹一杯でしょう?蕎麦の梯子だからね」

「はい、お腹一杯です。それにお食事の梯子は初めてです。こんなこと出来るのですね」

「僕も久しぶり。でもね、酒はしょっちゅうだよ。今はコロナで止めてるけどね」

「お強そうですものね」

「どういう意味かな?顔が赤いから?」

「いいえ、精悍そうですから。何かスポーツおやりですか?」

「それはありがとう。でも何もやっていないんだ。音楽が好きで、じっと聞いてるだけ」

「じっとですか?何をお聴きになるんですか?」

「クラシック。今は室内楽をよく聴いているんだ」

「素敵ですね。山本さんの雰囲気です。実は私、中学までヴァイオリンを習っていました。受験で止めました」

「それは残念だ。僕はヴァイオリンの音が大好きです。ソロの演奏を沢山集めているんだ。小品曲集です」

「あ、良いですね。聴いてみたいです」

「良いですよ。これから聴きますか?」

 半分冗談のつもりで山本は言った。

「はい、聴かせて下さい」

 まさかの返事が来た。山本は返答に困った。
                     つづく
続きは10月23日金曜日朝10時に掲載します