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            マスク美人 5.

「僕もせいろお願いします」

 改めて顔を見た。美人ではないが清楚な顔立ちだ。

「どうかしました?」

「あっ、いえ何でもありません」

「マスク外すと印象が変わったのでしょう。私、良く言われます、マスク美人ですって。ごめんなさい、がっかりしたでしょう」

「いえ、とんでもありません。お綺麗ですよ」

「無理しないで下さい。慣れてますから」

 その時帳場から、

「せいろにまーいおふたりさーん」

 と女将の少し高い声で聞こえて来た。彼女は振り向いて声の先を見た。

「良い声ですね。江戸時代ってこんな感じだったのでしょうか?情緒的で素敵ですね」

「店内は以前と比べると半分以下のスペースになりました。以前はその隅々まで聞こえたのですよ」

「以前と言いますと?」

 山本は返答に困っていたところで渡りに船だった。話を続けた。

「7年前火事で焼けたのですよ。お店は以前の半分以下の広さになりました。でも蕎麦は以前と一緒ですよ。味が変わったと言う人もいますけどね」

 彼女は悲しそうな顔で頷いた。綺麗だった。山本はあれっと思った。

 頷き俯いた時の顔はマスク着用の時と変わらなかった。顔は目線によって変る。普段は当たり前のことだが気付かない。

 しかし、マスク着用で世の中は変わった。美人が多くなった。目と眉だけで判断するからだ。

 男性も同じ条件だ。山本は自分のことを考えた。彼女から見てがっかりされたのではと不安になって来た。

「今日はこの後まつやに行くでしょう。もう1軒紹介したいところがあります」

「3軒ですか?食べるの無理だと思います」

「いえ、他の日です。茅場町にある長寿庵です。老舗中の老舗です。行って見ませんか?」

「長寿庵ってあちこちにありますよね」

「あります。その中で一番古い店です。明治の創業です」

「そうなんですか、是非連れて行って下さい」

 その返事を聞いて山本は嬉しくなった。また会って貰える。世の中が希望に満ちて来たように思えた。

「はい、行きましょう。今度の日曜日はいかがですか?」

「はい、よろしくお願いします」

 二人はまだやぶ蕎麦も味わっていないのに次の予定を立てた。そこへせいろが届いた。

 するすると蕎麦が喉を通る。山本は久しぶりだ。うまいなと思ってたらもうなくなった。彼女はまだ啜っている。

 もっと食べたいと思ったが大丈夫だ。これからまつやで食べる。山本はまつやの後、お茶に誘おうと思っている。
                      つづく
次回は10月9日金曜日朝10時に掲載します