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        マスク美人 10.

 森山はほんのり赤くなって来た。嬉しそうな顔で話し始めた。

「私、ビールは苦くて嫌だったんです。でも今日は何だか飲めるんです。変ですね。味覚が変わったのかしら?」

「そうじゃないよ。大人になったんだよ」

 冗談交じりに笑いながら言う。

「えっ、大人に?じゃ、私、今まで子供だったのかしら」

 もう顔は真っ赤になっていた。そして、グラスを山本の前に差し出した。

「お代わり下さい」

「はい、どうぞ!」

 山本は気を許してくれてると思うと嬉しくて、グラスにすぐに注いだ。そして、立ち上がりチーズを出して来た。

 森山は三杯目のビールである。気持ちがふわふわして来た。何だか良い気分だ。

「チーズ食べて。何か食べないと酔っちゃうよ」

「はーい!いただきます。おいしーい!合うんですね。あれ?この曲良いですね」

「モーツァルトだよ」

「聴いたことあります。なんて言う曲ですか?」

「ディヴェルティメントのK563。気分の良い時にかけるんだ。弦楽三重奏だよ。ゆったりして心地良いんだ」

「今、気分が良いんですか?」

 森山は、馬鹿なことを聞いたと思った。しかし、何でも気軽に話が出来る自分に驚いていた。

「そうだよ。森山さんがそばにいるから最高に気分が良いんだ」

 言いながら、山本は森山の隣に座った。ごく自然そうに振舞っていたが、山本の心はどきどきとしていた。

 曲はアダージョに入った。さらにゆったりと静かに染み入るように流れていく。ふと、森山を見た。

 目を瞑り、両手を重ね合わせてじっと聴いている。目を瞑っていることを良いことに、その顔を眺めた。

 閉じた目の顔が、優し気にリズムに合わせるかのように少しづつ動いている。小さな唇が悩ましかった。

 曲はアレグレットに変わった。森山が目を開けた。山本は咄嗟に見ていないふりをして、

「綺麗な曲でしょう。森山さんのような曲ですよ」

「そんな、嬉しいことおっしゃって・・・」

「本当にそう思う。僕はこの曲が大好きなんです」

 言いながら顔を寄せた。森山は目を閉じた。そっと口づけをされた。森山には予感があった。

 初めてのキッスだった。今年34歳になる。どうすれば良いのかわからない。じっとしていた。

 二人の唇は合わされたままを動かなかった。森山は息を掛けてはいけないと思い、止めていたが苦しくなった。

 外そうとすると、山本が唇を上下同時に吸ってきた。苦しくて夢中で外して息をした。山本は座り直した。

「ごめんね」

 山本はすまなそうに言った。とんでもないことをしてしまった。相手の気持ちも聞かないで自分の気持ちだけで。

 森山を好きになっていた。衝動的だった。後悔している。何でこんなことをしたのだろう。嫌われてしまった。

「ごめんね。本当にごめんね。好きになってしまったんだ」

「どうして謝るの?私、嬉しいの。私のこと好き?」

「好きだよ。どうしょうもないくらい好きになってしまったんだ。本当にごめんね」

 森山は胸を掻きむしられるような気持になった。私も好きなの。勘違いされたのがせつなくて堪らない。

「じゃ、もう1回して」

 森山は思い切って言った。
次回は11月13日金曜日朝10時に掲載します
本日は出稿が遅くなり申し訳ありませんでした