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                    プロフィールです

 シャンソンを歌うようになったのは20代半ばです。
 上司に連れて行かれた先で、「何か歌え」と半強制的に言われ、枯葉を歌ったことが始まりです。

 ところが、たくさんの拍手に嬉しくなり、自分から愛の讃歌等を歌っているとスカウトされました。

 会社を辞める気は毛頭もありません。当然断りました。しかし、運命のいたずらでしょうか?半年後、勤務先は倒産してしまいました。


hiroto uchino うちのひろと  シャンソンの出前 以来、クラブ等で歌うようなりました。しかし、仕事は少なく、やむなく司会業に転業致しました。

 結婚披露宴を中心に企業のイベントや落成披露の司会を致しました。

 三十代は仕事の少ない平日にはアルバイトや会社勤務を掛け持ち致しました。

 四十歳を目前に収入の安定を図る為司会業を辞め、大手企業に就職。後年はその会社の研修講師を務めました。                          上は当時の写真です。 
     
 その後、定年を迎え、退社してシャンソンの世界に戻りました。同時に小説を書き始めました。

 小学生の頃から作文が好きで作家を夢見るようになっていました。社会に出ると仕事に追われ、いつしか夢を忘れるようになりました。

 それでも就職先は全て出版社か新聞社系です。オーディオの月刊誌では評論も書いていました。

 いつか思いっきり文章を書きたいと思っていました。やっとその時間が持てるようになりました。

 どうぞ、よろしくお願い致します。

ライブでの写真です。



うちのひろと